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東京地方裁判所 平成3年(行ウ)153号 判決 1992年11月19日

東京都千代田区九段南一丁目四番四号

原告

戸張太啓壽

右訴訟代理人弁護士

辰野守彦

東京都千代田区九段南一丁目一番一五号

被告

麹町税務署長 塚本時朗

右指定代理人

足立哲

神谷宏行

内倉裕二

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成二年三月一五日付でした原告の昭和六一年分の所得税についての更正及び過少申告加算税の賦課決定処分につき、主位的にその無効であることの確認を求め、予備的にその取消を求める。

第二事案の概要

一  本件は、被告が平成二年三月一五日付で原告の昭和六一年分の所得税についてした更正及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件課税処分」という。)に対し、その通知書が適法に送達されていないとして、その無効確認などを求めた事案である。

二  課税処分の送達に関する法制

1  国税に関する法律の規定に基づいて税務署長その他の行政機関の長又はその職員が発する書類は、郵便による送達又は交付送達により、その送達を受けるべき者の住所又は居所(事務所及び事業所を含む。以下「送達すべき場所」という。)に送達する(国税通則法一二条一項)。

2  交付送達は、原則として、当該行政機関の職員が、送達すべき場所において、その送達を受けるべき者に書類を交付して行う(同条四項)。ただし、送達すべき場所において書類の送達を受けるべき者に出会わない場合は、その使用人その他の従業員又は同居の者で書類の受領について相当のわきまえのあるもの(以下「代理受領者」という。)に書類を交付することによって、これを行うことができる(同条五項一号。これを「補充送達」という。)。また、書類の送達を受けるべき者その他代理受領者が送達すべき場所にいない場合又はこれらの者が正当な理由がなく書類の受領を拒んだ場合は、送達すべき場所に書類を差し置くことによっても、これを行うことができる(同条同項二号。これを「差置送達」という。)。

三  争いのない事実

1  本件課税処分の経緯

別表記載のとおりである。このうち、総所得金額、分離長期譲渡所得金額、納付すべき税額、過少申告加算税額について、原告は、これを争わない。したがって、本件の争点は、本件差置送達が有効か無効かの一点に係る。

2  本件差置送達の経緯

被告所部職員である杉原哲也及び長谷川正信(以下「被告係官」という。)は、平成三年三月一五日午後五時三〇分頃本件通知書を原告に送達するため、その住民票上の住所地である千代田区九段南一丁目四番四号に所在する建物の一階にあるジュヒロビジョン株式会社経営の寿司店「すし政」の店舗(以下「本件店舗」という。)に行き、居合わせた従業員の堀田辰蔵に、原告やその家族がそこにいるかどうか尋ねたが、不在であるとのことであった。被告係官は、そこで、原告らから連絡等のあるのを待ったが、連絡がなかったので、堀田に対し、本件通知書の入った封書を受け取って、原告に渡して欲しい旨を告げた。堀田は、自分はそのような封書を受領する立場にないし、責任をもって預かれないと言って、受け取ることを拒んだ。そのうち、客が混んできたので、堀田は、接客に忙しく、被告係官に取り合わなくなっていたところ、被告係官は店内の来客用テーブルに右封書を置いて立ち去った。堀田は、その直後に右封書を持って店外に出て被告係官を呼び止め、右封書を開封しないまま路上に放置した。

四  争点及びこれについての当事者の主張

1  本件店舗は、送達すべき場所に当たるか。

(被告の主張)

(一) 本件店舗の所在する千代田区九段南一丁目四番四号は、原告の住民票上の住所地(以下「本件住所地」という。)であり、原告は被告に対し、本件住所地を異動後の納税地として所得税の納税地の異動に関する届出書を提出し、併せて本件住所地を住所として確定申告書を提出している。

(二) 被告も右届出を受けて本件住所地に関係書類を送付しており、これまで書類の返送を受けたことはない。

(三) 本件住所地には一階を本件店舗とする地上三階建ての建物があるが、その各階部分は独立した構造となっておらず、その行き来は店舗内奥になる階段を利用する以外になく、外部との往来も、本件店舗を通じてのみ可能である。また、その建物の外部に郵便受けが設置されておらず、原告あて郵便物は全て本件店舗に配達される。

(四) 以上によれば、本件住所地が原告の住所であり、本件住所地に所在する本件店舗が送達すべき場所というべきである。仮に、本件住所地が原告の住所でないとしても、以上のような事情に鑑みれば、原告においてそのような主張をすることは信義則に反して許されないというべきである。

(原告の主張)

原告は、便宜上本件住所地を住民票上の住所としていたが、本件住所地には居住しておらず、それは外観上明らかであるから、本件住所地は原告の住所ではない。そのような場合は、原告の実際の居住地又は原告が通常業務を行っている株式会社ジュヒロビジョンの本社所在地において送達がされるべきである。なお、被告の発した関係書類が本件住所地に送付され、一度も返送されたことがないのは、それが郵送によりなされたからであって、交付送達について同列に論ずることはできない。

2  本件通知書の送達は差置送達の要件を備えているか。

(被告の主張)

(一) 堀田が代理受領者であること

本件建物には郵便受けが備えられておらず、本店店舗の営業時間中は郵便物は配達員により店舗内に置かれる。また、堀田は、原告が主宰するジュヒロビジョン株式会社経営に係る本件店舗において、店舗全体を見る支配人の地位にあり、原告の母が不在の場合は店舗の責任者となる者であった。そうすると、原告が本件住所地を納税地としたことからすれば、原告の母が不在の際においては、堀田が被告から原告宛ての送達書類を受領することを前提としていたものである。したがって、本件通知書についても、それが送達された当時原告の母が不在であったのだから、堀田がその送達を受けるべき立場にあり、同人は原告の代理受領者に当たるというべきである。

(二) 堀田が正当な理由なく受領を拒絶したこと

堀田が本件通知書の送達を拒絶した理由は、<1>通知書が郵便物でなく、被告係官がこれを持参したこと、<2>原告から指示を受けておらず責任が負えないことであるが、<1>郵便による送達と交付送達のいずれによるかは税務署長の裁量に委ねられていること、<2>前記のような堀田と原告との関係からすると、いずれも正当な理由には当たらないというべきである。

(三) 代理受領者の不存在(予備的主張)

仮に、堀田が代理受領者に当たらないとすれば、書類の送達を受けるべき者が送達すべき場所に存しなかったことになるので、いずれにせよ、本件差置送達は適法というべきである。

(四) 差置行為の有効性

被告係官は、数回堀田に対し本件通知書を受領するよう求めたが、これを拒否されたため、やむを得ず、これを同店舗奥の客用テーブルの上に差し置く旨を告げて、同店を辞去したものである。このように、本件通知書がいったん送達場所に差し置かれ、これによって本件通知書が受領されたと評価されるべき状態に立ち至れば、すでに送達は有効に完了したから、その後、右通知書が堀田によって、テーブルの上から持ち出されて、本件店舗付近の路上に放置されたとしても、本件差置送達の効力に影響を及ぼすものではない。

(原告の主張)

(一) 差置送達選択の違法性

(1) 国税通則法上は郵便による送達が原則であって、差置送達は、最も不確実な送達方法であるから、更正通知書のような特に重要な書類についてこれによる送達が許されるのは、他のいずれの送達方法にもよりえない相当な理由がある場合に限られると解すべきである。

(2) 本件において、被告は、以下のとおり、他の送達方法を取る時間的余裕が十分にあったのであるから、差置送達が許される相当な理由がある場合に当たらないというべきである。

<1> 被告は、原告が平成元年一一月三〇日までに修正申告書を提出すべきであるのに、それをしなかったので、平成二年三月一五日付けで本件課税処分を行い、同日本件通知書を送達したというのであるが、この間、送達行為を一切行わず、唐突に本件差置送達に及んだものである。

<2> 原告において、平成二年三月一三日付けで本件課税処分の内容にかかる嘆願書(不動産譲渡所得について、事業用資産の買換えの場合の特例措置を受けるための買換え期間の延長に関するもの)を提出したのであるから、その時点で本件課税処分にかかる通知書を交付し得たにもかかわらず、被告は、右嘆願書を受領するにとどまり、交付を行っていない。

<3> 本件の更正の除斥期間の終了日は平成四年一一月三〇日であるのに、それよりも二年八か月前の平成二年三月一五日に差置送達という緊急手段を試みたことも不可解極まりない。

(二) 堀田が代理受領者に該当しないこと

堀田は、原告と雇用関係になく、日常的に原告に対する書類の伝達の委任・指示を受けているものでもないので、堀田は代理受領者には該当しないというべきである。

(三) 堀田の受領拒絶が正当な理由によるものであること

被告係官は本件店舗に至る前に、原告が代表者となっているジュヒロビジョン株式会社の事務所を訪ね、勤務中の女子事務員から原告が山梨に行っていて不在であると連絡を受けているのであるから、原告が直接経営にタッチしていない本件店舗の従業員よりも右事務員の方が補充送達の対象として適格があった。したがって、本来送達すべきでない場所でなされた送達行為である以上、これを受領すべき立場にない堀田による受領拒絶には正当な理由があるというべきである。

(四) 差置行為が不存在であること

(1) 差置送達は、送達を受けるべき者等による受領拒否を確認したうえで行うべきであるところ、堀田は、被告係官が置いた本件通知書をその数秒後に持ってその後を追い、自分は預かれないから、持ち帰るようにと申し向けてこれを右係官の足元に置いたのである。右堀田の行為は、本件通知書の受領拒絶にほかならない。したがって、係官は、その後に差置に着手すべきであり、本件通知書の差置送達は未だ着手されていないというべきである。

(2) 書状が送達場所に差し置かれるということは、社会通念上、当該書状が、一定の時間、安定した状態で所在することを意味し、本件のように、瞬時に場所を移動する場合や、差置そのものが拒絶されている場合は含まれないというべきである。

(3) 本件通知書は堀田が路上に置いたものであり、それは被告係官も確認しているのであるから、未だ差置行為は終了していないというべきである。

第三  争点に対する判断(証拠により認定した事実については、その事実記載の後に認定に供した証拠を掲記した)。

一  争点1について

1  承認堀田辰蔵の証言によれば、原告も、その母であり本件店舗の経営に主として当たっている戸張百合も、本件住所地に所在する建物(一階は本件店舗、二階は居宅)に居住しておらず、百合が時に寝泊まりすることがある程度であることが認められ、これによれば、本件住所地は、原告の生活の本拠としての住所ではなく、また、居所ともいえないこととなる。

2  しかしながら、本件住所地を住民票上の住所として届け出ていることは原告の認めるところであり、原告は、被告に提出した納税地の異動に関する届出書においても本件住所地を納税地としている(乙二)。また、原告は、所得税の確定申告書、本件課税処分にかかる異議申立書、審査請求書、本件訴状のいずれにも、本件住所地をその住所として記載している(甲三、四、乙三ないし五、当裁判所に顕著な事実)。本件住所地にある本件店舗は原告が代表取締役をしているジュヒロビジョン株式会社の経営に係り、同社の取締役をしている原告の母戸張百合が主にその経営に当たっているところ、その建物の一階は全て本件店舗となっており、外部に郵便受けがないため、原告宛ての郵便類は本件店舗宛のものと共に右店舗内に配達され、本件店舗において支配人的な立場にある堀田がこれを百合に渡し、百合から直接か又は堀田等を介して原告に渡される(乙六の一・二、証人堀田辰蔵)。また、従前においても、処分庁から原告に対して交付された所得税の確定申告書用紙及び関係添付書類、所得税の予定納税額通知書、本件更正処分に係る納付書・領収証書、本件更正処分に係る督促状等の書類が、本件住所地に送付されていたが、それに対して原告から異議の申出や変更の依頼は出ていなかった(甲一、二、証人長谷川正信)。

3  右2の各事実によれば、原告が現実に居住している場所がどこであれ、原告が外部に対し、郵便物を受領する等連絡の窓口でもある住所として明らかにしている場所は本件住所地であり、原告は本件住所地において実際に重要な書類の郵送を受けていて生活上何ら不都合がないのであるから、本件住所地は原告の住所に当たり、国税通則法一二条一項にいう送達をすべき場所に当たるというべきである。

4  なお、郵便による送達と交付送達、差置送達とそれ以外の送達によって送達すべき場所を異にする理由はなく、この点に関する原告の主張は独自の見解であり採用できない。

二  争点2について

1  右一2において認定した事実に、本件店舗は、原告が代表取締役をし、資本金五〇〇万円で原告の同族会社であるジュヒロビジョン株式会社の経営に係り、堀田は、結局右株式会社の従業員としての地位を有するものであって、その採用面接も原告及び百合らから受け、同社の経営内容などについても概括的な知識を与えられており、原告宛にきた郵便物をジュヒロビジョン株式会社事務所の原告に届けるなど原告の私用に従事することもあったこと(乙六-一・二、証人堀田辰蔵)を総合すると、堀田は原告の使用人に準ずる立場にあったものであって、原告から、その送付される書類の受領権限を与えられていたものと認めるべきである。したがって、堀田は本件通知書の送達につき原告の代理受領者に該当するということができる。

2  堀田が本件通知書の送達を拒絶した理由として挙げるところ(通知書が郵便物でなかったこと及び原告から指示を受けておらず責任が負えないこと)はいずれも送達を拒絶する正当な理由には当たらないことが明らかである。なお、堀田は、被告係官によって、当日中に直接原告に手渡すよう指示され、そのような重大な責任は負いかねるから拒否した旨証言するが、証人長谷川正信は、そのような指示をしたことを述べておらず、一般的に、受送達者がいない場合、送達は代理受領者に対する交付又は差置によって完了するものであるから、被告係官が特にそのような指示をしたとは考え難く、右証言は採用できない。

3  原告は、被告係官が、先にジュヒロビジョン株式会社の事務所を訪ねている以上、そちらで補充送達を行うべきであったと主張するが、右場所が原告個人の事務所ではなく、原告が届け出ている住所地とは異なるのであるから、そこが原告につき送達すべき場所に該当するか否かは明らかでないのであって、かえって本件住所地が送達すべき場所であると認められるのであるから、右主張は理由がない。

4  被告係官は、堀田が本件通知書の受領を拒否したため、これを差し置く旨を述べて本件店舗内のテーブルの上に本件通知書の入った封書を差し置いたものである(当事者間に争いのない事実、乙一、証人長谷川正信)。そうすると、右差置によって、本件差置送達は完了したものと認められる。そして、一旦有効に成立した送達の効力は、その後に送達に係る文書の所在場所が移動したとか、送達を行った者へ返却しようとされたとかの事実があったからといって、左右されるものではないから、堀田がその直後に本件通知書を路上に放置したことがあったとしても、本件差置送達の効力に何らの影響はないというべきである。したがって、本件において、差置行為が不存在であることを前提とする原告の主張は失当である。

5  原告は差置送達が例外的に許容される送達手段である旨主張するが、国税通則法一二条は、郵便による送達と交付送達のいずれを優先されるかを明示しているわけではないので、そのうちいずれの方法を選択するか、また、いかなる時期にそれを行うかは、課税庁の裁量に委ねられていると解すべきである。また、各送達方法が同法に定める要件を満たしている限り、適法になしうることは当然であって、差置送達の実施について、法に定める以上の要件が課されるものでもない。したがって、原告の右主張も失当である。

第四結論

よって、本件課税処分は適法であり、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 中込秀樹 裁判官 榮春彦 裁判官 喜多村勝德)

別表

本件課税処分の経緯

<省略>

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